●〔安倍がテレビで本格的に憲法観を語った〕
先だって安倍が、臨時国会の所信表明演説のなかで改憲を口にしました。そのためか最近は、安倍による改憲の危険性を国民に広く周知させるための動画がツイッターなどで拡散されています。そのなかの一つに、BS11の番組 「未来ビジョン」(司会:生島ヒロシ・千綿舞子、2011年9月3日放送) に安倍が出演して、改憲について熱く語っているものがあります。(自民党が下野しているときの番組出演。)
拡散されているこの動画は短く編集されているので、私は、大元の動画をネット上で見つけて一通り見てみました。感想は、結論からいうと、安倍の主張は一理あるものの、しかし、これまでのブログでも述べてきたとおりやはり、安倍に改憲をやらせると恐ろしいなというのが率直な私の感想でした。というわけで、そのように感じた安倍の主張をいくつか下に抜き出して説明します。安倍の発言のなかのマーカーで示した箇所は要点として私が付けました。
●〔憲法の中身よりもとにかくアメリカに押し付けられたことが気に入らない安倍〕
番組のなかで安倍はまず、現憲法が問題だといえる理由として次の三つを挙げでいます。
①占領下にあるとき進駐軍がたった8日間でつくった
②憲法ができて60年以上経ち時代にそぐわない
③私たちの憲法だから私たち自身が変えていくべき
字数の都合でここにはあえて引用しませんが、安倍は番組のなかでうえの三つについてそれぞれ説明しています。その説明を聞いて受けた私の印象は、憲法の具体的な中身よりも、とにかくアメリカから押し付けられた憲法だから不満だ(変えたい)という気持ちを安倍が強くもっている、ということを感じました。実際、①などはまさにそうです。アメリカがたった8日間でつくったということを安倍は特に不満げに強調しているのが印象的でした。
現憲法は実際は日本人も交じって共同でつくっているため、アメリカから一方的に押し付けられたかのような安倍の主張にはまず語弊があるわけです。が、たとえかりに押し付けられたものであるとしても、これまで日本が平和でこられたのはそもそも憲法の中身がよかったからにほかなりません。にもかかわらず安倍は、憲法のそうしたメリットの部分に関してはまったく触れませんでした。ですので、アメリカから押し付けられたこと自体がそもそも気に入らないのだな、という安倍に対する印象はそうしたところからも強く受けました。
そして、②と③も同様です。現憲法には前述のとおりメリットもあるわけですから、時代にそぐわない部分があるというのなら、そこだけ変えればよいだけの話です。しかし前述のとおり、安倍の主張を聞いているとどうもそういう感じではありませんでした。アメリカに押し付けられた憲法だからとにかく気に入らない(変えたい)という感情が全面に出ていたのです。その意味でも②と③の理由は、憲法を変えたいがために後から取って付けた、後付けの屁理屈というような印象を私は受けました。
●〔安倍は日本が戦争できないことに不満を抱いている〕
それから、このあとに司会者が「憲法を改正しないと日本にどのような不利益があるのか?」と質問したのですが、すると安倍は次のように答えました。
「憲法の前文に、『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』とこう書いてある。ふつうの国の憲法は、わたしたち国民の命と財産は断固として守る』という決意が書いてあるんですよ。日本の憲法の前文にはなんと、それは諸外国の皆様にお任せしますよと書いてある。(後略)」
前述のとおり、安倍が現憲法を嫌う大きな理由は、「アメリカに押し付けられたこと」です。が、その真意はここで安倍が述べているとおり「国民の命と財産は諸外国の皆様にお任せしますよ」といったニュアンスのことが現憲法に書いてあることなのです。よく読むとたしかに、「平和を愛する皆さんですから日本を攻撃しないだろうと信頼しています」というように受け取れる書き方になっています。安倍はまさにこれこそが気に入らないわけなのです。
これはたしかに他人任せ過ぎますし、そもそも相手国がみな信頼できる人間ばかりともかぎりません。ですから、この点に関しては安倍の主張にも一理あるわけです。ただ、そうであるとしても前述のとおり、現憲法には、これまで日本が戦争に巻き込まれなかったというメリットも当然あるわけです。ところが安倍は、ここでもそのことにはまったく触れずに、ただ「アメリカの押し付けだ」の一点張りで現憲法を完全に嫌悪・否定しているのです。
じつは、ここは大変重要なところであり、安倍のそうした態度にこそ安倍の本音・本質(安倍の恐ろしさ)が表れているのです。というのも、日本が戦争に巻き込まれなかったメリットにはまったく触れずに、アメリカの押し付けをことさらにあげつらって現憲法を憎み否定する安倍の態度は、それは裏を返すとまさに、〝日本がこれまで戦争に巻き込まれなかったこと〟〝他国と同じように日本が戦争できなかったこと〟に対して安倍が強い不満を抱いている、ということにほかならないからなのです。
実際、安倍がそのように考えているであろうことは、これまでのブログでも述べてきたとおりです。安倍の恐ろしさはまさにそこなのですが、そうした安倍の恐ろしさが垣間見られる発言(思想)についてはこの後にも出てきますので、そのときにまた説明します。
●〔3分の2条項を1/2に変えるという安倍の暴言〕
それからこの後、司会者が「憲法改正を妨げている原因はなんですか?」と質問すると、安倍は次のように答えました。
「3分の2条項というのがありましてね。国会議員の2/3が賛成をしなければ駄目なんですね。(中略)これを変えて2/3を1/2に変える。(中略)そもそも2/3がなければ国民投票すらしない、というこの建てつけはおかしいですよ」
安倍がこのような発言を行なったちょうど1年後くらいに、自民党は政権与党に復帰し、第二次安倍内閣が発足しました。そしてさらにその数年後、安倍は改憲に先立って、実際に「3分の2条項を1/2に変える」という発言を行ない、周囲から大バッシングを受けました。そのためか、改憲による正攻法では難しいと考えた安倍は今度は、内閣法制局長官の首を挿げ替えて、強引に解釈改憲で「集団的自衛権」を成立させるという暴挙に出たわけです。
この暴挙も相当酷かったわけですが、そもそも3分の2条項を1/2に変えるという安倍のこの発想自体も、完全にアウトなのです。なぜなら、現憲法をいくら気に入らないからといって、容易に都度そうやって憲法を変えられるようにしてしまうと、憲法はまさに法律と同じようなレベルになってしまいます。これでは憲法としても重み(威厳)もなくなるし、権力者を縛るという憲法本来の意義も損なわれかねないからです。こうした発言を、しかも縛られる側の人間である最高権力者の安倍が平然と行なってくる神経にはまさに愕然とします。
●〔集団的自衛権のフルスペックの行使を目論んでいる安倍〕
それからさらに司会者が、「憲法9条はどうあるべきだと思いますか?」と質問すると、安倍は次のように答えました。
「第一項はそのままでよいが、第二項について、自衛隊、まぁ自衛軍でもいいでしょうけども、その存在を軍隊として認めて、その最高指揮官は総理大臣であると。すでに自民党案が出きています。いま私が申し上げたようなことがだいたい書いてあります」
これも非常に恐ろしい発言です。というのも、安倍のこの発言は、集団的自衛権が行使できるようになるまえの発言なわけですが、行使できるようになったいまでも安倍はこれと似たような発言をしています。集団的自衛権が行使できるようになったいま、もし自衛隊の存在を認めてしまうと、それこそフルスペックの集団的自衛権の行使が合憲になるということになりかねないからです。実際、安倍自身それを望んでいることは明らかです。
ただ、「憲法に自衛隊を明記する」という安倍の主張そのものに関してはたしかに一理あるのです。というのが、自衛隊の存在が明記されていない現憲法はたしかに不自然であり、そのことがかえって誤った解釈をさせたり、実際の自衛活動に支障をきたしたりするということが過去にあったからです。ですから、自衛隊の存在はどのみち憲法に明記する必要はあると思うのですが、ただ、その場合でも当然フルスペックの行使をさせないためにも、自衛隊の存在意義と活動範囲も併せてしっかりと憲法に明記する必要があると思います。
●〔日米安保条約における日本の役割をあえて無視する安倍〕
それからさらに司会者が、「中国の尖閣諸島進出問題、北朝鮮のミサイル、普天間基地の移設問題とか、日本に迫る国防・外交上の危機が続発していると思うが、どう認識しているか?」と質問すると、安倍は次のように答えました。
「憲法との考え方でいえば、前文に『平和を愛する諸国民に私たちの安全を任している』これおかしいですよね。私たちの手で断固として守るという意志と決意を示さなければ守ることはできませんね。たとえば尖閣、たしかに日米安保条約の対象ですよ、実行支配をしているんですから。しかし、たとえば今の日本の総理大臣が、いまここに中国が上陸してきたから、アメリカがやってきて助けてくださいと言っても助けませんよ。まず私たちが命をかけても守るという決意を示さなければアメリカの若者は私たちのために命をかけない、あたりまえですよね。このことがすぽっと抜け落ちているんですよね。これが日本にとって最大の問題だなと。これこそが戦後の精神構造、私がよく言っている戦後レジームなんですね。これから脱却していくことがまず大切だと思います」
ここで安倍は、「『平和を愛する諸国民に私たちの安全を任している』これおかしいですよね」と、先の質問で答えたのと同じような返答を繰り返しています。そして、さらに具体的に「日本は日米安保条約でアメリカから守られているものの、日本人自身が、命をかけて守るという決意を示さなければ、アメリカの若者は私たちのために命をかけない」というような趣旨を述べているわけです。
この発言についても先ほどと同様、道理はまさにそのとおりだと思うのです。先ほども述べたように、日本の安全を諸国民に任せていることや、また、日本がアメリカから助けてもらうばかりだというのもたしかにおかしいからです。ただ、安倍は意図的にでしょうが、あえて言及していないことがあるのです。それは、日米安保条約において日本がアメリカに果たしている役割についてです。日本は、アメリカから守ってもらう代わりに、沖縄に米軍基地を提供し、思いやり予算としてその経費も負担しているわけです。そればかりではありません。日本に米軍基地があることで、アメリカにとっても自国防衛のための防波堤・中継基地として沖縄を利用できているというメリットがしっかりあるわけです。
にもかかわらず、安倍はそのことについてはまったく触れずに、ここでも現憲法の不満ばかりを並べ立てています。つまり「日本が戦争に参加できないことが不自然だ」という点ばかりを強調しているわけです。これらを見てもわかるように、安倍の不満はやはり、〝日本が戦争できないこと〟だということ。逆にいうと、安倍の願望はとにかく〝日本を戦争のできる国にすること〟だということがあらためて確認できるわけなのです。
●〔アメリカに守ってもらうために戦争に巻き込まれる本末転倒〕
それからさらに司会者が、「集団的自衛権の必要性を訴えているが、なぜ必要なのですか?」と質問すると、安倍は次のように答えました。
「言ってみれば、生島さんと私がぷらぷら歩いていて悪い人がやってきて生島さんを殴ったとしますね。黙って見ているのがいまの日本の立場ですよ。で、生島をやっつけたあとどうするかというと、その人は今度は私をやっつけてくるんですね。だから、生島さんを殴ったときに私と生島さんが協同して彼を悪い人をやっつける、これが集団的自衛権の行使なんですが、これを行使しないということ自体が社会生活として成り立つかどうか。成り立ちませんよ、あたりまえじゃありませんか。これは子供だっていいですよ。一緒に歩いているのが生島さんのお子さんだとする。それを私が見捨てる、それを正しいと考えているのがいまの日本の姿勢なんですよ。これはおかしいですよね。ですから、集団的自衛権の行使、これはべつに行使しなければいけないというわけではないのです。行使できるということなのですよ。日米安保条約は、第5条においてアメリカが日本を助けるということが書いてありますね。逆はないんですよ。条約上ですと私たちはその義務を負う必要はありません。ま、しかしたとえば、ミサイル防衛で北朝鮮から飛んできたミサイルを日本は撃ち落とすことができます。この飛んできたミサイルがですね、東京に落ちるミサイルは撃ち落とすけれども、グアムに飛んでいくミサイルは『あ、これはグアムに飛んでいくからこれ撃ち落とすの止めておこう』ということを一回でもやってですね、グアムで数万人の人が亡くなったら日部同盟は終わりですよね、あたりまえじゃないですか。これを撃ち落とせるようにするためには、集団的自衛権の行使は必要なんです。しかし、それをやるかやらないかはそのときどきの政策判断だということになります」
これも道理的にはたしかにそのとおりだと思うのです。しかし、先ほどと同様に、安倍はここでも日米安保条約で日本が負担している役割についてはスルーしています。いかにも日本が一方的にアメリカからお世話になっているみたいな口ぶりなわけです。こうした発言を見ても、安倍が日本を戦争できる国にしたい気満々なのがよくわかるわけです。
しかも、さらに怖いことは、安倍のこだわる集団的自衛権を行使する相手国がアメリカだということなのです。このことはいろいろな人が指摘しているのですが、アメリカという国は過去に侵略戦争を繰り返してきた、敵の多い国です。そういう国と一緒になって戦争に参加するということは、それだけ日本に敵(リスク)が増えることを意味するわけです。そうなってしまえば、これはまさになんのための日米安保条約なのかわかりません。守ってもらうためにかえって戦争に巻き込まれてしまうといった本末転倒になりかねないわけなのです。
しかもさらに特筆すべきは、安倍のことですから、そういう危険(リスク)にはまったく無頓着だということなのです。これまでの私のブログ(安倍の言動の数々)からも明らかなように、安倍の念願(目的)はとにかく日本を戦争のできる国にすることであり、そのことによって生じる国民への被害やリスクには逆に無関心なのです。そこがまさに安倍の恐ろしいところなのです。
●〔ふつうの国になることの愚〕
それからさらに司会者が、「日米同盟はなぜ必要なのか?」と質問すると、安倍は次のように答えました。
「いま世界でですね、自分の国一国だけで自分の国の防衛ができる能力をもっている国はですね、米国くらいでしょうかね。あと中国がそうなっていくかもしれない。日本は核兵器を核武装していませんね。しかし北朝鮮も核武装しようとしていますし、あるいは中国はすでに核武装していますね。こういう国の、日本に対して核攻撃ができないようにするためには、もし日本にその核兵器を使ったら報復をされますよ、核で報復をされる、これが抑止力になる。日本はもっていない。日本の代わりにアメリカが使いますよということになれば、核兵器を使うことは控えるということになります。日本と事を構えればアメリカも敵にするということになれば、日本に対する武力行使をみんなためらいますよね。世界でいちばん強い国を用心棒としていると言ってもよいと思いますね」
この発言からもわかるように、安倍は番組の後半になるにしたがって、しだいに本音を露呈してくるようになりました。「日本も核武装をすべきだ」と安倍が考えていることはこの発言からも明らかです。そしてここで特筆すべきことは、安倍のようなこうした、〝自国を守るために相手を威嚇する〟という考え方は、ふつうに戦争をしているほとんどすべての国がもっている考え方だということなのです。これは逆にいうと、そういうふつうの考え方を皆がもっているからこそ、かえってお互いの緊張が高まり「やられるまえにやれ!」となって戦争に発展してしまうのだということなのです。〝すべての戦争は自衛意識から始まる〟とは、映画監督の森達也がよく主張していることなのですが、そうしたことは実際、これまでの歴史が証明しているとおりです。
その意味でも、安倍や安倍支持者らがよく言う「日本もふつうの国にならねばならない」というのはただ愚かなだけなのです。彼らは、過去に戦争を繰り返していた頃の日本のような、ふつうの国(=愚かな日本)に戻らねばならないと言っているに等しいわけです。これはまさに愚かな戦前にただ戻ってしまうだけの話なのです。戦前回帰を目論む安倍や安倍支持者らの愚かさがまさにわかると思います。
●〔そもそも改憲の動機が国民のほうを向いていない〕
それからさらに司会者が、「日本国憲法の前文に『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』とありますが、そもそもこの前提がいま崩れていると感じている方が多いと思うのですけど、一方で、平和を愛する諸国民とは言えない国に対しては憲法は適用されないという見方・考え方もあるんですけど、この点はどうお考えですか?」と質問すると、安倍は次のように答えました。
「その『平和を愛する諸国民』って誰でか?てことなんですね。この66年間ですね、ではその国々っていうのは国連の安全保障理事国ですか?アメリカだってずっと戦争していますよね。イギリスだってそうですよ。フランスだってそうでしょう。ロシアだってそうですよね。中国だってまさにそうじゃないですか。どこもいないんですよね。ですからこれはまぁインチキなんですよ。日本は戦争で負けましたから、敗戦国がね、『お前、詫び証文書け!』って。しかも自分で書いたんじゃないですよ。これはアメリカのいわば25人のうちの一人がですね、たった一人の人物がこれを書いたんですよ。で、ここにこう書いてあるんですよ。平和を愛する諸国民うんぬんの後にね、『われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏見を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う』と、専制と隷従、圧迫と偏見というのはね、なくさなきゃいけないと考えている主語はね、日本人じゃないんですよ。こう考えているのは、平和を愛する諸国民、この人たちがこう考えているから、この人たちに褒めてもらおうじゃないか、とこう書いてあるわけですね。誠にいじましいでしょ!?こんないじましい文章を66年間もよく大切に拝んできましたよね。もういいでしょうこれは!」
この発言をみてもわかるように、現憲法に対する安倍の不満と怒りがここで一気に爆発しています。しかもそのためか、「アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国は戦争しているのに、なぜ日本だけ戦争できないのだ」と明らかに受け取れる露骨な本性までさらけ出してきています。
これまで見てきたとおり、こうした安倍の主張にも一理あるのです。しかし、安倍の主張のその動機の根底にはそもそも、「アメリカに押し付けられた」という怒りがあります。つまり、「国民を守るため」というのはあくまで建前であり、本音は「とにかく日本も世界と同じように戦争ができる国にしたい」というものです。これは換言すると、動機がそもそも国民のほうを向いていないということです。そのことからも安倍には、「戦争」というものに対して、「外交努力を尽くしたうえでのやむにやまれぬ最終防衛手段だ」という意識が非常に低いわけなのです。
そのことは、これまでの国民を無視した安倍の政治(言動)もそうですが、うえの発言のなかでも安倍が最後の最後まで「押し付けられた」の一点張りで、現憲法のメリット(日本が戦争に巻き込まれなかったこと)についてまったく触れなかったところにも表れていると思います。その意味でも、安倍の恐ろしさの原因はまさにそうした〝非情さ〟〝国民無視〟にあるといえるのです。
●〔憲法の意義を理解した国民思いの人間に改憲してもらいたい〕
説明は以上ですが、これまで述べてきたとおり、現憲法には不自然な箇所もいくつか存在します。ですので、私も安倍と同じく改憲論者なのです。ただ現憲法には、日本がこれまで戦争に巻き込まれなかったことや、または人権や言論の自由が保障されているという最大の利点があります。ですので、改憲をするのなら、そうした利点および権力者を縛るという憲法本来の意義を充分に理解している、国民を第一に考えた為政者にお願いしたいと私は思っています。
ただ、これまで見てきたように、どうひいき目に見ても安倍にはそのような素質・素養があるとは思えません。その意味でも結論としてはまさに〝安倍に改憲をやらせるのは危険だ〟ということになるわけなのです。実際、これまでの安倍の政治(言動)の数々を見てきても、そのことを断言できるに充分な事実がいくらでも存在していると思います。
ですから、このような安倍には改憲どころか、〝即刻、首相を辞めてもらいたい〟というのがこれまでもこれからも変わらない私の強烈な願いなのです。