安倍の恐ろしい政治信条「権力は積極的に行使してこそ国民の負託に応える」

●〔権力は積極的に行使してこそ国民の負託に応える〕

前回のブログ(「教育勅語」の復活にみる安倍による改憲の恐ろしさ」)で、安倍が教育勅語を復活させ、さらに戦争ができるようにするための改憲を目論んでいるという趣旨を述べました。そして、ブログの最後では、安倍の非情さ卑劣さについても少し触れました。

特に、安倍の非情さ卑劣さについては、過去のブログで何度も述べていることですが、こういう安倍のなにが恐ろしいかのといったら、それは言うまでもなく「最高権力」をもっていることなのです。「ノブレス・オブリージュ」という言葉もあるように、権力をもつ者には当然、責任が伴います。また、それゆえに権力の行使についても節度が求められるわけです。ところが、最高権力を有する安倍は、非情・卑劣なところにも表れているように、この責任感や節度が完全に欠落しているのです。それはこれまでの安倍の横暴政治からも明らかです。しかも、さらに恐ろしいのは、安倍がそうした横暴政治を確信犯的に行なっているということなのです。というのも、〝権力は積極的に行使してこそ国民の負託に応える〟というのがまさに安倍の政治信条であり、実際、安倍自らそのように吐露しているからなのです。

安倍からその政治信条を引き出したのは、ジャーナリストだった故・岸井成格です。安倍がそのように吐露した際のエピソードを、2017年10月8日放送の、TBS「サンデーモーニング」のなかで岸井が語っています。ですので、まずは岸井のその発言のすべてを下に引用します。ベージュとピンクのマーカーは要点として私が付けました。

先ほど最近の政治の劣化が気になるって申し上げましたけど、まさにその最たるものがね、日本の政治の世界からだんだんだんだんリベラルが排除されていくっていう、今はまさにその傾向ですよね。私のずっと、自民党取材したり政治取材しててね、わかっていることは、自民党の主流ほどリベラルなんですよ。自民党の本流って言われるのはみんなリベラル議員たちだったんですよ。それをみんな忘れちゃっているんですよね。だからこれはねぇ、宮沢さん(第78代内閣総理大臣・宮沢喜一)もその一人って言ってましたから、宮沢さんのインタビューの話とエピソードをちょっと申し上げますとね。宮沢さんが言ったのは、とにかく右から左までものすごく幅広い、保守っていうのはね。そして、ときにはね、旧社会党や共産党の革新陣営の政策や考え方も先取りするような、そういう懐の深さもあったって、これが保守だっていう言い方をされていましたよ。そして、宮沢さんが特に強調されたのはねぇ、権力の行使について、非常に臆病なほど慎重なのが保守です、っとこう言ったんです。えぇって私は思いましたけどね。それは、戦前の軍部や政治勢力が暴走したことが、それを止められなかったことの、その反省から戦後の保守政治が始まっている。だから、権力の行使にものすごい慎重なんですよって言ったんです。で、これエピソードですけど、私その、12年(2012年・第二次安倍内閣時)の安倍総理が戻ったとき、総理に二つ、あえて失礼だけど申し上げたことがある。一つは、右翼の思想だけは封印したほうがいいですよって、一点。それからもう一点、この宮沢さんの、権力の行使には慎重であるべきだと、これが保守の本流だという話をお伝えしたんですよ。そしたら安倍さんがなんて言ったかっていったら、言下に、それは宮沢さんが間違いです、今までの保守が間違いです、ってこう言ったのです。権力は積極的に行使してこそ、国民の負託に応えるものです。権力はガンガンガンガン使うものなんですよ、っていうのがね、安倍さんの答えでしたよ。これがこの10年間でやっぱり変わったんだなぁという感じがしましたねぇ。

(2017年10月8日放送  TBS「サンデーモーニング」での岸井成格の発言)

●〔安倍の恐ろしさは民主主義に対する怨念から来ている〕

以上のように、非情・卑劣な安倍が最高権力を有し、なおかつ本人が「権力は積極的に行使すべきだ」とまで吐露しているわけです。そして、なにより重要なことは、岸井の進言に対して安倍がそう吐露したということ。つまり、安倍の積極的な権力の行使の理由がまさにそこにあるということなのです。どういうことか。

宮沢が述べているように、かつての保守は、右から左まで幅広い考え方を受け入れる懐の深さがありました。また、戦前の軍部や政治勢力が暴走し、それを止められなかったことの反省から、権力の行使にすごく慎重になりました。要するに岸井は、そうした戦後の反省や安寧、すなわち〝戦後民主主義〟を背景にして、「右翼の思想だけは封印したほうがいい」「権力の行使には慎重であるべきだ」と安倍に進言したわけです。すると、それにもかかわらず安倍は、まるでアレルギー反応でも起こしたかのようにすかさず、「それは間違いだ」「権力は積極的に行使すべきだ」などと一蹴してきたわけです。

過去のブログでも述べていますが、安倍が権力を積極的に行使する理由とその恐ろしさはまさにこれなのです。そもそも民主主義とは、過去の反省から生まれたものなのですから、少しでも理解を示して然るべきです。ところが安倍の反応からも明らかなように、安倍は戦後民主主義に理解を示すどころか逆に、怨念を抱いているわけです。また、そうであるからこそ安倍は、戦後民主主義を潰すために積極的に権力を行使しているわけです。こうなるとまさに病気としか言いようがないのですが、要はだからこそ〝安倍は恐ろしい〟というわけなのです。

実際、日本の民主主義がことごとく安倍によって破壊されていることがなによりの証拠です。民主主義アレルギーである安倍にとってはとにかく居心地が悪いゆえにそうやって片っ端から破壊して回っているわけなのです。まともな神経であればとてもできることではありません。

●〔民主主義破壊の総仕上げは〝壊憲〟〕

これまでに日本の民主主義も相当、安倍に壊されてきましたが、最後の総仕上げは〝壊憲〟(改憲ではない)であることは言うまでもありません。前回のブログでも述べたように安倍はいままさに壊憲の準備を始めていることからもわかるとおり、すべてはまさに安倍のシナリオどおりに進んでいます。病気の安倍に壊憲されたら日本の民主主義は完全に終わってしまいます。だから恐ろしいわけなのです。

以上ですが、これまで見てきたように、安倍には冒頭で述べた「ノブレス・オブリージュ」の精神の欠片もありません。そのような安倍が最高権力を握っているということは、これこそまさに「気違いに刃物」という以外にないのです。これまでの安倍の横暴政治にその片鱗が表れているわけですが、それはまさに片鱗であって、まだ序の口だと見るべきなのです。というのも、じつは安倍は衣の下に鎧を着けていて、その本音をまだ隠しているからなのです。

というわけで、安倍のその本音については次回のブロクに譲りたいと思います。

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